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10月
06

連休中暇なので、ミャンマーの事を少しでも多く知ろうと、ネットでミャンマー関係の論文集を読んだ。

 

その中で小生、全く知らなかったのが日本占領時にエヤワディ管区で起きた『ミャウンミャ事件』。

 

19423月より6月半ばまでの間、すなわち日本軍とビルマ独立義勇軍(BIA)のビルマ進攻に伴い、

 

英国が植民地ビルマより撤退し日本軍がビルマ全土に軍政を発布するまでの権力の空白期間に、史上初めてカレンとビルマ人のあいだに大規模な民族衝突が起こった

 

カレン族と言っても当時はまとまっていたわけではなく、従来からの地縁血縁に加え、言語・文字・宗教の諸レベルのおのおの規模の小さい共同体であった。

 

事件の発端は、にわかづくりで激増したBIAビルマ独立義勇軍兵士のために武器が決定的に不足しており、

 

植民地軍ビルマ・ライフル大隊に所属していたカレン兵がデルタの村々に帰還し始めていたので、

 

彼等が武器を持ち帰り、その武器を保有していると見られカレンからの徴収過程において大規模な衝突に発展したとするのが通説である。

 

正確な資料が無いので定かではないが、この事件で双方合わせて数千人規模の犠牲者が出た模様だ。

 

どの民族紛争でも一言では語れない、宗教・宗派、言語、文字、習慣、地縁血縁等が複雑にかみ合い、そこに征服者がいれば一層複雑になる。

 

今起きているベンガル人問題とは異質な事件ですが、人と人との争いには変わりがないと思う。

 

「文献」日本占領期ビルマにおけるミャウンミャ事件とカレン

池田一人

 

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