Archive

Archive for 12月, 2019

12月
31

 

長い間日本で正月は迎えていないと思い過去を調べた見たら、

 

なんと、2006年からの正月は全てミャンマーで迎えている。

 

どうしてそうなったのだろうか?

 

一番の要素は気候の問題、

 

ヤンゴンは121月が一番すごしやすいが、日本は寒い時期に当たる。

 

寒さの苦手な小生は12月は極力避けてたい日本滞在だ。

 

そんなことで2020年の正月もヤンゴンで過ごします。

 

〆飾りも雑煮も無い正月ですが、秘書と百合ちゃんに手製のポチ袋であげるお年玉が正月気分かな。

 



PVアクセスランキング にほんブログ村拝読ありがとう御座いました。応援クリックをポチッとお願いします


12月
30

 

1月ほど前にFMI団地内にも西洋お好み焼き屋ができた。

 

百合ちゃんに誘われ行ってみました。

 

25cmの大きさで12000ksと結構なお値段。

 

一切れ食べたが次にはもう手が出ない。

 

具材が色々入っているが、年寄り小生には少々しっつこい感じだ。

 

小さな店ですが客は絶え間なく入り40分の間に4組が来店した。

 

12切れ食べて3000ks、コスパはあまりよくない気がするが、流行りものなのだろうか。

 

誘った百合ちゃんも1切れしか食べられず、残りはお持ち帰りでした。

 



PVアクセスランキング にほんブログ村拝読ありがとう御座いました。応援クリックをポチッとお願いします


12月
29

 

英国は1920121日にヤンゴン大学法を制定し、現在の場所に大学を設立しました。英国政府は、現在の大学の敷地(当時400エーカーの未開地)を800,000 Kで購入しました。

 

ヤンゴン大学の関連機関として、マンダレー中級大学は1925年に、医科大学は1930年に、教員養成大学は1931年に、マンダレー農業大学は1938年に開設された。

 

建物は、イギリスのオックスフォード大学とケンブリッジ大学の建物を模倣した。

英国、米国、インドの富豪の寄付により多くの建物が建築され学内が充実していった。

 

また国内の資金調達は宝くじの収益金から多くの資金を集めた。

 

当時の東南アジアの大学では屈指の大学になった。

 

英国が設立した大学から独立運動が始まったのも皮肉なめぐりあわせ。

 

1988年の学生運動から始まった反体制デモに懲りた軍事政権は大学を閉鎖して、ヤンゴンの郊外に学部ごとに移設した。

 

現在この大学では正式な授業は行っていない。ヤンゴン大学とは名称が残っているだけの状態。

 

PVアクセスランキング にほんブログ村拝読ありがとう御座いました。応援クリックをポチッとお願いします

ヤンゴン大学評議会館

12月
28

 

農業の機械化が進んでいないミャンマーでは農繁期には多くの人出を必要とするが、若い働き手は都会や海外に出稼ぎに行き村に残るのは年寄りと子供だけ。

 

その為賃金は上がり機械をリースするのと同じ価格に近づいている。

 

小規模農家は高い賃金を払えず耕作放棄するしかないのが現状。

 

機械化が進まないのは資金不足と運転・メンテナンス技術者が不足していて思うようには進まない。

 

4~5エーカーの小規模農家は穀物類を栽培していては採算が合わず、高換金作物を選らぶか耕作放棄をするか二者択一を迫られている。

 

大規模経営でなければ機械化も進まず作物の品質も上がらないので小規模農家は淘汰されてゆく運命なのだろう。

 

PVアクセスランキング にほんブログ村拝読ありがとう御座いました。応援クリックをポチッとお願いします

ゴマの収穫

12月
27

 

ミャンマー鉄道局は鉄道の人身事故を減らすため95000万ksで35橋を建設する。

 

現在改修工事が行われているヤンゴン環状鉄道は来年完成する予定で、改修工事が完成すれば列車の速度は今の倍近くになり、今までの様な感覚で線路を渡ると人身事故の発生する確率は高くなる。

 

計画が完成すればで環状線には70か所の鉄道横断歩道橋が出来ることになる。

 

歩道橋の建設に加えて、ミャンマー鉄道は鉄道線路の修理、フェンスの建設、既存の高架と信号および通信システムのアップグレードを行います。また、11の新しいDEMU列車と66の客車を日本の融資で購入する予定です。

 

改修工事が完成すれば1周の所要時間が2時間50分から1時間45分に短縮されます。

 

一番遠い駅からでもダウンタウンまで50分で行けることになりヤンゴンの交通渋滞も多少は改善されそうです。

 

PVアクセスランキング にほんブログ村拝読ありがとう御座いました。応援クリックをポチッとお願いします

12月
26

 

百合ちゃんが通うICECの1年に一度行われる大イベントが挙行されました、

 

小生とレオパレス21の高橋冴さん招待を受け参加しました。

 

このイベントはIヤンゴン市内にあるCEC5校の生徒が集る年1度のイベントで成績優秀者の表彰式を兼ねている。

 

百合ちゃんは4回目の受賞。

 

Childorns Music Festival参加した子供たちも楽器演奏を父兄の前で披露しました。

 

子供たちの楽器演奏後小生と高橋冴さんが学校より記念品を頂きました。

また35人の子供たちからも心のこもった記念品を頂きました。

 

 



PVアクセスランキング にほんブログ村拝読ありがとう御座いました。応援クリックをポチッとお願いします


12月
25

 

ミャンマー国内には数えきれないほどの日本語学校が有り、日本語を学ぶ学生は2万人とも3万人ともいわれている。

 

最近は地方都市にも日本語学校が出来、昔のように大都市に出なければ日本語を学べないと言う不便も解消されている。

 

日本語学校の授業内容はどの学校も変わりなく、受験対策と面接会話を重視している。

 

日系の日本語学校は日本文化や生活マナーも教えている。

 

小生も2007年当時少人数クラスの日本語学校を運営していた。

 

その時の経験からミャンナー人に一般教養が不足していることに気付いたので、

 

日本語教育と同時に付け焼刃でもいいから教養を高める授業内容にした。

 

教養が少ない人が日本に行った場合のことを考えミャンマーの社会、文化、歴史&計算能力の向上を目指した。

 

テキストに工夫をこらし日本語を勉強しながらミャンマーのことを自然と勉強出来る授業にした。

 

海外に行って自国の事を知らないで恥をかくことはあってはならない、との思いからの授業でした。

 

しかし、語学学校としては逸脱していたかもしれない。

 



PVアクセスランキング にほんブログ村拝読ありがとう御座いました。応援クリックをポチッとお願いします

子供向け無料日本語教室

12月
24

 

年末ですが、ここミャンマーでは日本の年末のような雰囲気はありません。

 

歳をとると1年が早いとよく言われますが、まさにその通りです。

 

この1年間何をしたのだろうか、ただただ馬齢を重ねるだけは避けたいと思い体力気力の続く限り社会にタッチしてきた。

 

ファイブスクウェアズ育英会の運営、タンルインヤダナー僧院のサポート、遺骨収集のお手伝い、顧問会社へのアドバイス等々。

 

育英会では『ミャンマーの子供たちに楽器演奏を』プロジェクトが一区切りついた。

 

ヤダナタンルイン僧院のサポートはDACグループ他沢山の日本人の方々から支援を頂いた。

 

1月にはザガイン管区のインド国境30kmの所に行き遺骨情報を収集した。

 

来年も同じような繰り返しになると思うが少しでもミャンマーの為になる活動が出来ればと思っている。

 

PVアクセスランキング にほんブログ村拝読ありがとう御座いました。応援クリックをポチッとお願いします




12月
23

アナリストJoe Kumbun

ャンマー政府はこの激動の時代を乗り切るために中国からの支援を求めているようです。

 

Snr-Gen Min Aung Hlaingは、中国を「永遠の信頼できる友人」と称賛しました。

 

中国は、技術支援から国連での拒否権までミャンマーの支援を約束するかもしれません。中国はすでに国連安全保障理事会(UNSC)で拒否権を使って、ミャンマーを監視と処罰から外交的に保護しています。

 

しかし、中国の支援はミャンマーの為でなく中国の利益のため行われています。

 

中国は独裁政権下にあるため、民主主義と自由を育み、平和を促進するためにミャンマーを支援することに興味はありません。

 

ミャンマーは、中国ではなく西に目を向けることで、政治的自由、宗教的自由、政治的寛容、人権、自由市場システムを強化できます。

 

ですからミャンマーは西側からの関与を必要としています。

 



PVアクセスランキング にほんブログ村拝読ありがとう御座いました。応援クリックをポチッとお願いします

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。