Home » ミャンマー » 植民地支配に抵抗して牢死した僧侶U Wisara(ウイザラ師)
4月
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 U Wisaraは (1889424日 – 1929919日)はビルマでのイギリス支配に反対して166日間のハンガーストライキの後に刑務所で亡くなった。

 

イギリス官憲から「扇動」のために投獄され、拷問を受けた。

 

僧衣を着る事を禁じられ、宗教的遵守を放棄することを余儀なくされた。

 

ヤンゴンで反植民地主義者の演説を行ったために2回目の逮捕にいたり、6年の懲役刑を宣告された。

 

192946日にWisaraは刑務所内でハンガーストライキに入った。

 

ハンガーストライキが進行するにつれて注目が高まり、

 

ストライキから166日目の 1929919日に亡くなる(享年40歳)。

 

彼の「究極の犠牲は、それまで政治に関心を持っていなかった多くのビルマ人を深く感動させ」、多数のビルマ人たちに「独立」の意識を芽生えさせ、後の独立運動の礎となった。

 

 

ヤンゴン市内の中央にあるU Wisara Road(旧名Voyle Road)は彼の名前にちなんでつけられた。


またU Wisara RoadAlhone Roadが交差するラウンドアバウト中央には彼の像がある。
この像の除幕式は1943102(イギリスを駆逐したのち)に催され、アウンサン将軍も立ち会ったという。

 

 


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