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コミンテルンにしてやられた大東亜戦争開戦 | ミャンマー歳時記
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8月
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日米開戦の主たる要因はABC包囲網が発端との認識は周知の事実だが、それを仕向け煽ったのがコミンテルンの仕業と思っていた人は少なくないが、何しろ証拠がないのでスパイを確定できなかった。

 

しかし、1995年アメリカ国家保障局が公開したヴェノナ文書でコミンテルンの仕業が次々と暴かれた。

 

大東亜戦争前後のアメリカ政府内には多数のソ連のスパイが潜入していたことがヴェノナ文書の公開によって分かった。

 

政府高官とはルーズベルト大統領の側近ノアルジャー・ヒス、ジョージ・マーシャル国務長官、マーシャル陸軍参謀総長、オーエン・ラテモラ(蒋介石顧問)等々で政府、宗教界、言論界、マスコミに深く入り込み、平和・民主主義を唱え市民組織を立ち上げ政府高官の夫人たちが主要メンバーとなっている。

 

当時外務省ニューヨークの若杉総領事はコミンテルンの陰謀をいち早く察知して日本政府に幾通もの報告書を提出したが近衛内閣で完全に無視された。

 

添付のPDFファイルを読んで頂きたい。現在でも通用する情報戦の重要性を認識できます。

 

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rルーズベルト大統領

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