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アウンサンスーチー女史を斬る | ミャンマー歳時記
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10月
11

アウンサンスーチー:日本の多くの人たちはミャンマー建国の父アウンサン将軍の娘で軍事政権と戦った、ミャンマーの素晴らしい民主化指導者で、その証としてノーベル平和賞受賞者と理解している。

 

現在の民主化に彼女がどの様に関わって民主化されたのかは、これまた時系列でニュース記事等を検証すれば分かることではあるが、どのメディアも取り上げていないのは残念な事である。

 

私は彼女を好きでも嫌いでもないが、彼女のネネガティブな事を書くのであなたはアウンサンスチーが嫌いだからこのような事を書くのかとよく指摘される。

 

これから書くことは、すでに報道された情報から彼女を分析したものである。

 

 

 

*なお下記の記事は私のブログ「ミャンマー歳時記」を2011年から読んでいただくと一層理解が深まると思います。

 

*コメントは大いに歓迎ですがコメントに返答はしません。

 

*このブログを読んで大いに憤慨する方々も多いと思いますが、ニュース記事の捉え方に考えの違いはあるでしょうが、決して捏造記事ではありません。

 

 

*長文になりますので2回に分けて掲載します。

 

分析結果は

 

1、      傲慢

 

2、      強欲

 

3、      無責任

 

彼女が自宅軟禁状態の時期はほとんど報道がないので、解放後の彼女の言動について検証する。

 

 

 

無責任

 

2010年11月アウンサンス-チーは軍政トップのタンシュエ議長に書簡を送り軍事政権への協力を表明した。内容は欧米の経済制裁解除で協力するとのこと。

 

それまでアウンサンス-チーは軍事政権を太らすのとの理由で欧米の経済制裁を支持していた。欧米の経済制裁は軍事政権に何も痛手を負わすことはできず、ただ国民に辛苦を強いただけだった。欧米の経済政策支持は国民に辛苦を与えたとの思いはあるのだろうか。そして今なぜあれだけ嫌いだと言っていた軍事政権に協力するのだろう。

 

 

 

傲慢

 

「もしこの補欠選挙にNLDが負けるような事があれば、それは政府が選挙妨害したからだ」

 

この発言は投票日前の発言で私にはとても理解できない。あえて理解するのであれば、私のいるグループが勝つのは当然な事だとの思いが強い思い込み=傲慢。

 

 

 

無責任

 

選挙の結果NLDは大勝したが、アウンサンス-チー率いるNLDは選挙に不正があったと世界のメディアに発表、

 

政府とNLDの合同チームが調査したが不正の痕跡はなかったと政府は発表

 

この結果にアウンサンス-チーもNLDも何の説明もなしでダンマリ。

 

アウンサンス-チーやNLDは自分達の発言、行動に責任を持たない無責任体質が恒常化している。

 

 

 

傲慢・無責任

 

当選後国会議員になるためには、憲法を守るとの宣誓をしなければならないが、これを拒否して、法律を変えろと大統領に迫るが大統領は一蹴、この態度に与野党議員や国民から非難が多数出たので、1週間後あっさり撤回、撤回の理由が国民は私が議会に出ることを望んでいるからと、国民に責任転嫁。選挙に圧勝して私の言うことは何でも国民が支持するとの傲慢な思い込みから出た行動。

 

彼女はよく「法による支配」を口にするが、悪法もまた法なりで、自分の気に入らない法律は守らなくても良いとの考えと矛盾する。言動の不一致が露呈。

 

 

 

傲慢

 

アウンサンス-チーは海外の講演で自国の呼び名を「ビルマ」と呼び、政府から注意を受けているが、私のポリシーだとして一向に改めない。

 

軍事政権時代改名した呼び名は承認しがたいので使わないそうだが、ヤンゴン、ピンウルイィン、エヤワディ川など軍事政権時代改名した地名はたくさんあるが、彼女はこれらをごちゃ混ぜで使用している。私のポリシーだと言っているがどこにポリシーがあるのだろう。強いて言うならば自分の旦那の祖国英国が付けた名前「ビルマ」は呼び続けたいのかもしれない。

 

これも彼女の言う「法による支配」に矛盾する。ここにも傲慢な態度が垣間見える。

 

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One Response to “アウンサンスーチー女史を斬る”

  1. 稲見 成人
    10月 11th, 2013 at 14:01 | #1

    稲見と申します。(名前ぐらいは聞かれたこともあるのではないでしょうか…)
    ヤンゴン在住16年目です。
    ブログにつきまして、数ある「聞きかじり、噂話」のまったく面白くないブログの中で、素晴らしい慧眼、視点を持って書かれているこのブログには本当に感心しています。

    女史の件については、わたくしも全く同じ見方をしていて、彼女が大統領にでもなろうものなら、昔のマルコス→アキノ大統領の時代のように、国が荒れると危惧しています。

    私はFacebookで同じようなことを書いたら、友人から私のFacebookが炎上するからやめろと言われて、口を今はつぐんでいます。

    ミャンマー人妻からもあまり女史の悪口(事実を述べているだけですが)は外では言うなと釘を刺されています…

    今年、京大に彼女は(行きなくなかったけれど、早朝に頼まれてやむなく15分程度)行きました。京大の先生の友人とその話になり、「彼女が京大に留学中、ある先生がミャンマーの何かに知りたいから教えを乞うたら」…「I am not Burmese」と答えたというエピソードを聞きましたが、それがすべてを物語っていると感じました。

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