1月
23

 Kachin州首相のKhet Aung、は農業、家畜、灌漑大臣U Mya Thein、環境天然資源大臣UH La Aung、そして社会問題担当大臣Dr Thin Lwinに辞任を要求した。

この要求は「指揮系統を行使している」と命令し、命令が上から来たことを示した。

辞任の理由として「個人の健康状態」を辞任書に入れるよう提案したと述べた。

カチン州の上院議員U Khin Maung Myint氏は「UH La Aungは勤勉な人です。私は人々が彼の仕事に非常に満足していると確信しています。なぜ彼がリストに載っているのか私にはわかりません。」

Kachin Peace NetworkコーディネーターのKhon Jaは、UH La Aungの辞任はKachin政府の敗北だと述べている。

U Mya Thein氏は、カチン首相の行動は憲法違反であると述べ「私は何も悪いことはしませんでした」と語った。

この報道が本当かどうかは定かではないが、このような報道が出る事態が中央と州の不信感を招き、和平協定にも影響する。

NLDの信用喪失となるようなことをどうしてするのだろうか、問題を起こしたモン州、カチン州は2020年の選挙でNLDは苦戦するだろう。

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カチン州を訪れたアウンサンスーチー国家顧問

1月
22

ホマリンはザガイン管区の北西に位置しチンドウイン河沿いに開けた町で、中心部は3~4万人程度の町だが周辺に100近い村落がある。

トンへはホマリン郡区の一つ村でチンドウイン河に面しインド国境まで30kmの地点にある。

チンドウイン河両岸には幾つもの村や集落が有りるが、村落をつなぐ道路は完全ではなく、殆どが船を利用している。

産業は農業と林業だが、最近は金の採鉱も盛んになってきている様だ。

ホマリンの食堂では猪肉料理を出していて、未開の山が近い事を思い起こさせる。

ホマリンからの大都市への交通の便は悪くモンユワまで自家用車でも12時間、バスだと16時間かかる。

ホマリン空港からマンダレーやモンユワまでの航空便は有るが週3便程でこれも使い勝手が悪い。

ホマリン~トンへ~パウンビンは75年前この未開ともいえる地で7万人の将兵が150km先のインパールを目指した地だが、インパール30km手前で矢折れ撤退集結した地でもある。

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ホマリンの町並み


トンへのレストラン


竹筏


猪肉料理


チンドウイン河岸の崩壊状況


レストランで出してくれた暖房用火鉢

1月
21

第15師団(祭り)は昭和19年2月15日午後10時チンドウイン河を渡河して、祭り師団のインパール作戦は開始された。

その夜から戦闘は始まり、松村連隊の尖兵中隊は敵の機関銃に襲撃され、この敵を撃破しなければ後続が進めないと判断した中隊長は先頭に立ち突撃して敵を撃破したが、この戦いでインパール作戦初の中隊長と下士官5名の戦死者を出した。

そこはトンへ村から西北1kmの地点であった。

飛行機から見たチンドウイン河からインパールまでは1500m~2000mの山が連なり、今でもインド国境まで行くのは困難な場所とされている。

自動車は使えず駄馬か人力で兵器を運ぶ困難さは闘う前に将兵は疲れ果ててしまい、また重火器が極端に少なく、それを言うと司令官は根性で戦えと言う。

この様な作戦が上手く行くはずがなく、善戦した将兵も極限に達して、ついに7月12日戦線整理のの名目でインパール作戦は終了した。

しかし、撤退する将兵は食料弾薬は尽き果て傷病兵に与える薬も無くなり、英軍の追撃から身を隠しトンへの第2野戦病院患者収容所にたどり着いた。

途中の退却路(路ではなくジャングルの通りやすい場所)は傷病兵の死骸で白骨街道と呼ばれた。

15軍やビルマ方面軍からの撤退支援は殆ど受けられず自力撤退であった。

トンへ野戦病院は敵の探索から逃れるため窪地に有ったが、ベットもなくかろうじて雨露凌ぐ簡単な屋根があっただけ。

8月30日に祭り師団最後の部隊はチンドウイン河を渡河したが、増水したチンドウイン河を渡河できない患者は置き去りにされた。

終戦から15年後に戦友たちにより遺骨収集されたが地元の古老に聞けば完全ではないとという。

患者収容所にいた人たちはそれなりに埋葬されたが戦場からトンへまで、トンヘイからカレワまでは今でも道路が無い場所で、英霊たちは祖国に帰れず異国の地で眠っていると思うと胸が詰まると、同時にこの無謀の戦を計画実行した15軍の牟田口中将や計画を許可した参謀本部に憤りを感じてやまない。

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食べ物、お酒、たばこ等をお早苗氏て読経する井本氏




15師団(祭兵団) 右突進隊 渡河地点(現在のトンヘ村) 、右奥の砂浜に上陸した
古老からの聞き取り調査、飯盒の中子がある。


第2野戦病院患者収容所跡地、木の覆い茂っている箇所
1月
20

 

政府のデータによると、ミャンマーは201810 – 12月期の貿易赤字を2017年同期の12億ドルから8.33億ドル減少させた。

201810 – 12月の貿易額は81億㌦と前年同期より4億㌦増加した。

商務省によると、201810月から12月までの四半期の輸出増加は主にヨーロッパへの衣料品の輸出が要因で、天然ガスやヒスイなどの鉱物の輸出の減少を相殺した。

貿易赤字を含むミャンマーの経常収支赤字は、主に対外直接投資によって賄われている。

一方、資本財の輸入の減少は、工業および建設部門における需要と活動の減少も反映している。

政府は高級輸入品の選別、輸入代替品の奨励、輸出の拡大により貿易赤字を削減しようとする政策が有る程度反映されたとみている。

世界経済が縮小傾向に向かう中ミャンマー政府は貿易収支ばかりに気を取られていると、貿易縮小に向かい経済発展を阻害することにもなり、難しいかじ取りが要求される。

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1月
19

日本では廃棄食物が年間何千万tもあるそうな。

ここミャンマーでも廃棄食物は少なからずあるが。

レストラン等で注文し過ぎた料理は『パッセ』と頼めば箱に詰めてくれる。

秘書は家で食べきれなくなった食材や料理は捨てないで必ず付近の、サイカーの運転手や団地のガードマンあるいはバンブーハウスに住んでいる人達に配る。

団体旅行にお付き合いしたある晩のレストランでは食べ切れない、ピザや肉等が大量に余った。

私は早速ボーイに『パッセ』と言う。

帰る時には箱に詰められ料理が十数箱あった。

秘書は早朝から『パッセ』の配達に出かける。

ピザや肉料理等滅多に食べられない人たちに喜んでもらえ、大事な食材を無駄にしない社会貢献のこの行動を私は陰ながら応援し尊敬もしている。

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1月
18

 

パテイン~ミゥンミャ道路でYwe川に架かるサリー橋は2018年4月メインロープが切れ崩壊した。

この橋はパテインからミゥンミャやラポタに行く重要な路線の一部。

建設省は落橋後ただちに新橋の建設に取り掛かり、

今度はトラストデッキ工法で日本のJFEの設計で鉄骨製作はJM鉄鋼ソリューション が担当した。

今月13日にはトラスの締結式が建設大臣を迎え執り行われた。

残す工事は床板と舗装&付帯工事でミャンマー流に行えば3か月程度で完成しそうだ。

長さ200m近い橋を設計から行い1年で完成させるとは、日本では考えれれないスピードです。

塗装のメンテナンスさえ怠わらなければ5~60年の耐久性は十分ある。

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1月
17

 

15日DACグループ15人がミンガラドンのタンルインヤダナー尼僧院を訪問した。

今回の訪問目的は発電機(5KVA)と10㎥水タンク&水浴場の寄付と子供たちにお土産を渡すことでした。

この準備は小生と秘書が全て行いましたが、贈呈式はDACグループの石川会長はじめ皆さんに喜んで頂けました。

子供たちのお土産は15人全員が1人1人の子供たに手渡しました。勿論子供たちも大喜びでした。

僧院長との会話の中で「100人の子供たちの面倒を見るのは経済的に大変で寄付が少ない時には食料も事欠く事態になる」この様な会話を聞いた石川会長は、

即刻、今後1年間DACグループは一部ですが食材の面倒を見ましょうとの提案をしました。

僧院長にしては驚きのプレゼントで大変喜んでおられました。

支援内容は月間概ね100万ks相当の食材を寄付するとの内容でした。

食材調達は私と秘書が受け合いました。

日本企業がこの様な活動をして頂けるのはミャンマーに住む小生としては嬉しい限りです。

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1月
16

ここ数日、日本関連の案件で公正さを欠く事象に遭遇している。

3年間も自費で醸成した案件を外務省外郭団体へ提案したら、政治家とOBの横やりでOBのいるコンサルへ。

外務省外郭団体の外国支援は本当に必要な支援よりも、日本企業(コンサルも含む)やOB&政治家の資金稼ぎに使われている部分が多いのではと疑いたくなる案件もある。

上記は法に触れるか触れないか際どく、証拠もないのでどうにもならない。

厚生労働省のご遺骨収集についても、法律に基づいた運営をなされているのか疑問が多く、掛け声ばかりで一向にはかどらない。

遺骨が有る場所を特定するのに手間・暇・資金が必要なのにその作業には殆ど資金は出ないそうな。

そうかと思えば役人が遺骨調査の出張旅費を何億円も誤魔化したとのニュースも有る。

ご遺骨調査の実働部隊は殆どが民間人で厚労省は見つかった場所の発掘だけで、これは誰でも出来る仕事だ。

厚労省の役人は本当にご遺骨を日本に帰還させる気が有るのだろうかと疑いたくなる。

ミャンマーでは政府相手の仕事は賄賂が横行していて正常な民主国家ではないと言う人が多数いるが、

日本も同じようなもので、ただ日本の場合は巧妙で一般人には分かりにくいだけ。

ミャンマーは賄賂の『見える化』が徹底しているだけだ。(笑

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1月
15

14日9:00からラインタヤの住宅申し込みがあり、

9:00申し込み受けなので早めに家を出たが、7:00には事務所前に100人ぐらい既に列をなしている。

これはダメかと思いきや100人の中には付き添いや代理人が多く、これらの人々は全て排除され申込順位は5番だったので、希望の部屋をGetする事が出来た。

ここでもひと悶着が有り、守衛が出張り順番を早くしてやるとか代理で申請してやるとかで3万ksとか10万ks払った人もいたがそれらは全て排除され無駄金を払った事になる。

1週間以内に全額キャッシュで経済銀行に現金で払い込まなければ権利が失われるとの事なので手続きを開始したが、現金払いなので面倒だ。

この住宅の名義は勿論ミャンマー人の秘書名義だが、支払いは全て私持ち。

これは私が居なくなった時の退職金代わりと思って購入したので将来は名実ともに秘書の物になる。

ラインタヤTspの中心地に近い場所で60㎡で200万円は確かに安い。

これは国の土地に建てているので土地代は加算されておらず、建物の価格だけなので安いのだろう。

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