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Archive for the ‘ミャンマー’ Category

8月
19

以前使用していたyahoo blogに『ミャンマー人を騙す光益商事』とのコメントがあった。

ミャンマー人憧れの日本に出稼ぎに行けますとの触れ込みで予約金のような形で金を集めている。

この会社用意周到で詐欺にならないように何人かは日本に出国させているようだが、現実には金を払っても日本に行けない人の数の方が多い。

このような事件は数年前もあった。数千万円を掻き集め他男が詐欺容疑でミャンマー警察に逮捕され今は服役中。

人の弱みに付け込み無知なミャンマー人を騙す日本人は、ミャンマーに住んでいる日本人として恥ずかしい限りで許すことの出来ない行為だ。光益商事事件 http://koekishoji.com/list.html

8月
15

WEBの中に以下のようなニュースが流れていた。しかしニュースの内容を見ると肝心な部分が間違っている。『携帯電話が自由に使えない』とさ 携帯電話が使えない市民はただお金が無くて携帯電話が買えないだけで使用者に特別な規制も無い。万一規制に掛かってもレンタルすれば何も審査は無い

以下ニュースの内容                              

ミャンマーはモバイル・ネットワークを拡大Cellular- Newsは、ミャンマー(Myanmar/Burma)のMPT(Myanmar Posts and Telecommunications/ミャンマー郵便通信省)が2010年中にGSMとCDMAモバイル・ネットワークで約40万回線追加するとが発表 したとローカルのElevenが公表したと報告した。

秘密主義の軍事政権ミャンマーには、70万人のCDMAユーザーと約50万人のGSM加入者がいると伝えられている。
また現在では、国内の80年でGSM携帯電話を使用できる。
CDMAネットワークは最近始めたばかりで、ビジネスと官庁を結ぶため、ヤンゴン(Yangon)とマンダレー(Mandalay)の全体を覆うアップグレードを実施しあっと言っている。
ただし、一般市民は厳しく通信が規制されていることから、ミャンマーの携帯電話所有権は制限され、政府/軍事、または政府関連のビジネスマンだけが利用可能になっている。
WCDMAネットワークは2009年に、限定的に始められたと報告している。
現状で、自由に携帯電話が使えないのは、北朝鮮とミャンマーくらいになったとも言える。

8月
14

ミャンマーの総選挙がいつになるのか注目していたが11月7日に決定した。47の政党(現在承認されているのは40)が330の議席を目指し選挙戦に入る。

この選挙を欧米+日は承認していないと言いい、あれやこれやと注文をつけている。ミャンマーの政治的安定、経済の発展は、アウンサンスーチがすべてではない。選挙の方法が多少稚拙でもその国の現状と国力、民度に合っていればとりあえず民主化の第1歩なのだから。それをとやかく言うのは内政干渉というものではないだろうか。

欧米+日がミャンマーのことをとやかく言うのであれば、中国など選挙もしていない国ではないか、まして人権などあの国には無いに等しい。そんな中国には何の制裁も無いのはどうしてなのか?

欧米はただただ自国の利益を考えての事だけだ。経済制裁をしていると言いながらアメリカ、フランスはガス田開発にはチャッカリ参加している。

私はミャンマーの現政権をベストとは言わないが、安定的に国政を維持していることには評価する。国民にとって何が不幸か現政権は良く分かっている。それは137の民族和解である。つまり内戦の回避である。

アメリカの人権外交と称する内政干渉によってどれだけの国に内戦をばら撒いたのだろうか。アメリカは戦争を常時していないと成り立たない国になっているのだ。

8月
08

ミャンマーでは今の時期、セーダン試験の結果が発表され、その結果を見て志望大学、学部を選び願書を出す。

セーダン試験は6科目で満点は600点。

最も点数が高いのは医学部とされていたが、ここ数年この傾向が崩れ海洋大学が最も難しく、500点以上無いと入学できないそうです。

海洋大学は開校して6年程度ですが年々人気は上昇している。

海洋大学は卒業後の就職先が海外の船会社に就職できて、初任給1000US$とミャンマー人から見ればかなりの高給だ。

一方医学部を卒業してもそれほどの収入は得られず、ステータスだけでは食べていけないのが学生が敬遠し始めた原因かな。

最近親が心配しているのは、大学が郊外に移り親の目が届きにくくなり、大学生活が乱れてドロップアウトする学生が多くなってきている現実だ。

酒、女、ギャンブル、薬に手を出して勉学を放棄してしまう学生を見ていると、親としては郊外の大学には行かせたくないのは親心。そこでヤンゴン市内にあるヤンゴン外国語大学も人気上昇中で450点以上無いと入学できないそうです。

8月
08

高齢者の所在不明、年金の記載漏れ、徴税の問題等国民総背番号制

を採用すればかなりの部分が解決する。

行政費の節約にも貢献するのではないか。

個人主義、プライバシーの厳格化が日本国を弱体化の方向に向けている。

国民総背番号制を早急に実施したほうが良い。

8月
03

ミャンマーは地勢学上から大変重要な場所に位置している。

大国の中国インドに挟まれそのどちらかに付けば、反対側の国には脅威に写る。

またインド洋の安全保障の面からも重要の位置にある。

資源的には天然ガスの推定埋蔵量は20兆立方フィートとも言われている。

原油も少しではあるが産出している。

天然ガスの輸出は好調で年間25億ドル以上だ。この数字は年々増加することは確実で、現在も数箇所の鉱区が開発中でこれらがすべて成功すれば、

天然ガスの輸出だけで豊かになれる。

現実に最近のミャンマー通貨は10%前後のインフレにもかかわらず対ドルレートは20%以上高くなっている。

また最近は穀物の生産も徐々に増産されて輸出も増えつつある。

エネルギーと穀物の輸出国となればミャンマーのステータスも上がり、西欧や日本の経済制裁も霞んでしまう。

アメリカとフランスの企業は経済制裁にもかかわらず天然ガス田の開発メンバーに入っている。言うこととやることが違う『ダブルスタンダード』の好例だ。

日本企業もカントリーリスクやアメリカの顔色を伺っていないで、積極的に投資すべきだと思う。

7月
30

盛夏、日本ではスイカの季節です。

スイカを食べるとき塩を付けますか?

日本人でなら当然の行為ですよね

ミャンマー人は塩を使いません、砂糖を使う人は居ますがね

パパイヤも少し塩を付けると美味しくいただけます。

パパイヤに塩を付けて食べていたら、ミャンマー人に笑われましたが、

最近私の周りのミャンマー人はスイカやパパイヤに塩を付けて食べています。

7月
29

今年のミャンマーは異常気象の連続か?

乾季には猛暑で74年ぶりに最高気温を更新したり、雨季に入る時期が遅れたりしていた。

雨季に入っても例年に比べると雨の量が少ない。ヤンゴン市内で冠水するような大雨は無く、晴れ間の時間も長い。

ヤンゴンの住民はこの様な天気は過ごしやすく好都合ですが、水瓶になるダムには貯水量の半分しかないところもあると聞く。今後農作物、水力発電所に悪影響が出なければと懸念する。

7月
19

今日(7月19日)はアウンサン将軍が暗殺された日で、ミャンマーでは殉教者の日として祭日になっている。

1947年7月19日アウンサン将軍(当時国防・外務担当)は会議中政敵であり前首相のウー・ソーの一味の手で7人の閣僚とともに暗殺され。

1941年2月、日本の資金援助と軍事援助を約束された彼はビルマで青年たちを募り「三十人の志士」と後に呼ばれる仲間を率いて来日する。

彼らは鈴木大佐の「南機関」のもとで独立戦争のための過酷な軍事訓練を受けた。

開戦後の1941年12月16日に、アウン・サンと同志たちは南機関の支援を得てバンコクにビルマ独立義勇軍を創設。

日本軍と共に戦い、1942年3月にラングーンを陥落、1942年7月イギリスからビルマを開放し、ビルマ独立義勇軍をビルマ防衛軍に改組した。

南機関はバー・モウを中央行政府長官に据えビルマに軍政を敷き、鈴木大佐は離任した。

1943年3月にはアウン・サンは日本に招かれ、わずか28歳の若きリーダーと称えられ旭日章を受章し、

同年8月1日にバー・モウを首相とするビルマ国が誕生すると国防相になった。ビルマ防衛軍はビルマ国軍に改組された。

しかしこの頃彼はビルマ国軍への扱いやビルマの独立国としての地位に懐疑的になり、

その後インパール作戦の失敗など日本の敗色濃厚とみるやイギリスにつく事を決意する。すでに1943年11月にはイギリス軍に

「寝返りを考えている」と信書を送た。連合国軍は戦後のビルマ独立を認めるつもりは無かったが日本軍を崩壊させるために利用価値があると判断し、

各種の援助を行った。

その後完全独立に向けてのイギリスとの厳しい交渉や、何度にもわたる会議で国内対立の解消と国家統一への苦しい道を模索し続けていた。

アウンサン将軍像

そのさなかの1947年7月19日暗殺され、翌1948年1月4日のビルマの独立を見ることなくわずか32歳で没した