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Archive for the ‘ミャンマー’ Category

10月
13

有効なミャンマー支援とは何だろう。
1、自立のための支援
2、産業技術、生活向上の技術(知恵)支援
3、起業するときの種銭の支援
4、雇用促進のためのビジネス
これらが当面ミャンマーに必要な支援ではなかろうか。
豪華1点物の支援は百害あって一利なし。
(1)~(4)まで失敗談をたくさん書いたが、決してこのようなことばかりでなく、
ミャンマー人の中にも真面目で本当に国のことを思い一生懸命の人もたくさんいる。
現に、私のマイクロ水力発電開発にかかわっている人たちは、開発の意義をよく理解してくれ
わずかな手当てで頑張ってくれている。
多くの国民は僧侶や僧院に寄付をするので、僧院は学校、孤児院、貧民の救済などの運営に積極的で
国民に信頼されている。
外国人がミャンマー支援を成功させる一番重要なのは現地のカウンターパートナー探しではないのだろうか。

10月
11

昨日からメールの受信が上手くできない。
今朝もまた同じ。
サーバーに電話してエラーNOを言うと、
それは受信ポートを止めているから、朝10時ごろになれば繋がるかもしれないので
そのころ試して下さいとのこと。
こんなこと、日本では考えられないのですが。

10月
11

日本からの支援はどうしてもハード面が多く継続性が無い支援が多い。
例えば、学校を作るために200万円寄付したなど、新聞でよく見ます。
しかし、いくら立派な学校を作っても、生徒が来なければ何もならない。
全ての子供が勉強できる環境つくりのほうが重要だと思うのですが・・・。
私なら、50万円で学校を作り残り150万円は奨学金の基金にする。
150万円銀行に預ければ年間18万円の利息が付く、
このお金で小学生なら100人近くが就学できる。
以前、里親制度の案内が来た。毎月5000円を出せば一人の子供の里親になれるとのこと。
しかし、里親になったからには子供が成人するまでは面倒を見なければならいのに、
途中でやめてしまう人が多い。
途中でやめる理由はそれぞれあると思いますが、途中で生活の糧を失った子供が一番かわいそうだ。
里親を失った子供はその里親を逆恨みすることさえある。
日本政府の人道援助も、ハード面が多く運営ノウハウが分からなかったり、
わずかな維持管理費が調達できずに高価な機械が使われずに放置されている例もある。
支援とは少ないお金でも継続することが重要で、支援した人々が自立できるような支援が
もっとも大切だと思います。
私が最も軽蔑する支援は、支援していると言うステータスがほしくて1度だけ大金を寄付して
政府高官などと写真を撮って喜んでいる輩。
本当の支援者は名前も顔も前に出さずに真に支援したいという気持ちを持った人たちだと思う。
このような支援は自分が名前を出したくないと思っても自然に名前は知れ渡りミャンマー人からも尊敬さ
れる。
今流行のNGO、NPOもそこに携わる人たちの経費が高く、本当に支援に使われる金額は少ない。
日本ミャンマー○○協会といった、NGOやNPOが数多くあるが、
その関係者が来緬する時は飛行機はビジネスクラス。宿泊は高級ホテル。
彼らは労働貴族ならずボランテア貴族のように私には見えるのだが。
余談になるが、昨年の台風で各国のボランテアが多数来緬して、
ヤンゴンの高級ホテルは20%も値上がりして価格は現在もそのままで、
旅行業者は困っている。
ミャンマーに支援するつもりが観光業の邪魔をしていることに彼らは気付いているのだろうか。
(1)~(3)まではミャンマー人の悪いところを書いたが、
私はボランテアと称する人種も根本的には支援金をピンはねするミャンマー人とさほど代わりが無いと思
うのだが・・・

10月
10


2日ほど前から日照時間も長くなり、雨も降らなくなった。
たぶん、雨季明けだろう。
これからのヤンゴンは大変過ごし易い季節になります。
ヤンゴンの平均気温も下がり、1月には最低気温の平均22℃、
最高気温の平均27℃となり、夜は毛布1枚は必要になる。
日中は日差しは強いが、日陰は爽やかに感じる。

10月
10

雇用促進が支援になると考え、自分でレストランを開業し14人を雇用した。
しかし、あえなく1年半で閉店。
日々現金を扱う商売の難しさを痛感。
従業員への接し方が全て性善説を基に考えたのが間違えの元だった。
給料は他店より50%多く出し待遇も良くしたが。
半年もたつと、売り上げは上がっても利益はどんどん下がっていく始末。
よく調べると仕入れで2割以上を上乗せしている。客用の材料を食べてしまう。
材料を持ち帰る等々が発覚。パートナーのミャンマー人は日銭が入るので遊びを覚え店はマネジャーに任
せっぱなし。
私が訪緬すると売り上げも利益も回復するが、帰国して1週間もすれば元の木阿弥。
店のスタッフには経営内容を全てオープンにして利益が一定水準になれば利益を還元すると言っていた
が、利益がその線に近づいた時から悪さが始まったようだ。
結局一時の金ほしさに仕事を失うことになる。
今、思えば当然なことですが、日本式の発想は通用しない事を痛感したしだいです。

10月
08

5年ほど前に、自動車の製造計画をミャンマー政府に出し当時の首相からもOKのサインをもらい、
契約のため訪緬して細部の打ち合わせをしてほぼ煮詰まり、帰る前日に契約する運びになった。
しかし契約日の前日に出された契約内容は打ち合わせとは基本的なことが違っていた。
製造した車は全て輸出せよと書いてある。
打ち合わせの内容は3年先に品質が向上すれば3割は輸出すると書いてあるのに。
しかし相手側は車は全て輸出せよの一点張り。結局飲めない条件なので契約はしなかった。
後から分かった話。首相には日本側が勝手に契約しなかったと報告されている。
話を進めてくれた軍の高官にリベートを出す話を出さなかったことと、
複雑な利権関係の調整ができなかったことが、この話が壊れた原因のようだ。
当方はボランテアで技術移転をするのでリベートなど露ほども考えなかった。
今考えて、この話がまとまり事業が進んでいれば自動車を作る(エンジンは購入)
技術はかなり進んだと思われので残念で仕方が無い。

10月
07

ミャンマーに係わり7年が経過した。
その間に奨学金、技術支援、雇用促進事業、ベンチャー企業への資金提供、
等など色々な支援を試みたが、上手く行っている物は少ない。
こちら側の独りよがりもあるのだろうが、受る側と出す側の意識のギャップが大きいのも
1つの原因かとも思う。
外国人の援助、イコール儲かるとの意識が、現地人たちに根強い。
例えば、10000円の寄付をしても末端に届く金は2000円とか3000円になり、
残りの金は世話をした人の懐に入ってしまう。
ある時10万円相当の文房具を買い、貧しい子のために寄付をしたら、
学校側からの要請で1度に全部渡さないでくれとの事。
残りの文具は学校で預かり子供たちが使い終わったら順次渡すとの事で、
残りの文房具は学校に預けた。
ところが半年後学校を訪れ分かったことは、残りの文房具は学校が子供たちに売っていた。
その売上金は先生たちの収入になっていることが判明した。
翌年はシステムを変えて子供に渡せるだけの分を買い、
年に3回程度訪問する旨を学校に伝えて、支援のすべき子供のリストを上げてくださいとお願いしたが、
無しのつぶてで何の連絡も無かった。秘書に聞くとあなたのやり方だと先生は何も儲からないので、
先生としては面倒くさいことはやりたくないのではないのだろうか、との返事。うむ~、納得。
このの話を日本の友人にすると、お前は杓子定規に物事を考えすぎている。
先生に入った金もいずれ世の中に出回るのだからそれでいいのではないか。
でも、私は納得がいかない。自分の趣旨と違うんだよと、頑張る。
人間の出来具合が違うのかなと、悩んだりする。

10月
04

丼物が急に食べたくなった。
天丼、カツどん、親子丼、何でも良かったのだが、
冷蔵庫を見たら、生の小エビがあったので、
人参、玉ねぎ、さやえんどう、小エビでかき揚げを作る。
ご飯はシャン米がいいのだが、あいにく切らしている。
まあ~しょうがないか。
たれは甘めに作り、少々多めにかけて、かき揚げ丼のできあがり。
作っている最中、横でメイドが自分の仕事を取られてような顔をして見ているのがおかしかった。

10月
01

先日のテレビニュースでコンクリート詰め殺人事件の犯人夫婦を逮捕したとのニュースの中で、
警察は市民のために凶悪な事件を解決しているとアピールしている。
このニュースを聞いていた人たちは1年ほど前の喫茶店店主家族5人の殺人事件はどうなったの・・・
殺人事件はヤンゴンではめったに起こらないので市民の関心は高い。
ヤンゴン警察の高官が罷免された事件。
この高官の親族がマッサージ店を経営して、部下にその手伝いをさせたために、
ネットでそのことを流されて罷免。
そう言えば、ホテル内のマッサージ店以外は1週間ほど前から営業停止の店が多いのもこの影響かな。