10月
18

秘書の結婚(3)

招待状
結婚式はミャンマー風の慣習を無視して簡素にしたいとの意向で(経済的理由が大きい)、
事前の日本で言う結納などの儀式も無し。
新郎は預貯金が無く、親も女親だけで余裕が無いために、結婚費用は全て新婦持ちになる。
新婦もそんなに余裕が無いので、準備資金にご祝儀の先払300000ksをあげることにした。
新郎側の母親がお金が掛かる色々注文を出すので、、新郎と新婦が口論していた。
娘が1人増えた気分で、実の娘(娘には申し訳ないが)の時の結婚式より力が入る最近の私です。
少し口を出しすぎかと少々反省・・・
内心は結婚費用も不足分はすべた私が負担するつもりでいる。
それでも、ご祝儀等があるので日本円で6~7万円の負担で済むと思う。
7万円程度でミャンマーの若い二人が幸せな結婚生活がスタートできるのならば安い支援だと思うのは私
の一人よがりかな??

10月
17

秘書の結婚(2)

式は経済的に負担にならないように我が家で僧侶を呼んですることにした。
日程が決まってからもなかなか準備をしないのでこちらがいらいらする始末。
招待状を頼んだのが今月の初めで、挙式1週間前の出来上がり。
ミャンマーでは招待状をあまり早く出すと忘れてしまうので、4~5日前に出すのが良いそうです。
新婦の式用の服も生地を選び仕立てに出したのですが、出来上がりは20日との事で、
約束通り行かないこの国では心配でしょうがないが、当の本人はいたってのんびりしたものです。
料理等の準備もあるので招待客は何人来るのと聞けば、たぶん100人ぐらいだろうとの事。
たぶんとは来ない客もいるが1人の招待者にに2~3人付いてくる客もいるのではっきり分からないとの事。
結婚式は10時から13時までと招待状に書いてあり、客はその間に来てお祝いの言葉を述べ食事をして
1時間ぐらいで帰る。ミャンマーの結婚式は酒類は出さないので食事だけなので簡単に終わる。
日本のように仲人や主賓、友人などの挨拶は一切無いそうです。
どんな結婚式になるのかな~~
ミャンマー人の結婚式には2度ほど出席した事がありますが2回とも僧院で食事をして帰っただけでした。

10月
16

秘書の結婚(1)

3年来私の秘書兼通訳が10月22日に結婚することになった。
結婚相手とは7年来の付き合いで機は熟していたようでしたが、経済的理由で先延ばしになっていた。
特に新郎が2年ほどシンガポールに出稼ぎに行ったが仕事に失敗して借財が残っているのも大きな原因。
借金のある人との結婚は反対したのだが・・・
結婚の約束をした人を、今苦境に陥っているかといって見捨てるわけには行かないと、
私のの忠告を無視した。でも考えは誠に純真で日本の最近の女の子と比べると考えさせれれる。
もう1つは結婚して一家を構えれば最低でも150000ks~200000ks掛かり、
親への仕送り等も考えると結婚の決断できなかったようです。
おせっかい焼きの小生の提案で、私のマンションに夫婦共一緒に住み秘書の仕事も続ける事にした。
ただし、食事代等の経費を1月に80000ks支払う条件。
この条件だと、親への仕送りもできかつ新郎の借財も少しずつは返済可能なはず。
この話が決まったのが9月の中旬、10月は結婚には良い月なので、僧侶と相談して10月22日に挙式をあげ
ることにした。

10月
15

行商の声

早朝には煮豆(ペイピヨ)、昼にはお菓子や(モチャジ、ターグ、デイジン)、アイスクリーム、
茹でとうもろこし、蒸かしさつまいも、花、夕方にはチャザンヒンガー(春雨サラダ風)、
シャウデト(レモンサラダ)、モラカウチョ(ミャンマー風ドーナツ)
こららを売る人たちは毎日同じ時刻に現れマンション中に響き渡る美声でお客を呼ぶ。
売り子は女性が多いのですがソプラノ歌手にしたいような声の持ち主が多い。
女性たちは写真のように、大きな金だらいのようなものに商品を入れ頭の上に乗せて運ぶ。
姿勢は良く歩いているときでも頭は決して動かさないで、金だらいに手を添えることも無く歩いている。
ミャンマー人の姿勢は良く年をとっても腰の曲がった人はほとんど見られない。
また週に1、2度は資源ごみの回収屋、竿竹売り、宝くじ売りが回ってくる。これらの人は男が多い。

10月
13

有効なミャンマー支援とは何だろう。
1、自立のための支援
2、産業技術、生活向上の技術(知恵)支援
3、起業するときの種銭の支援
4、雇用促進のためのビジネス
これらが当面ミャンマーに必要な支援ではなかろうか。
豪華1点物の支援は百害あって一利なし。
(1)~(4)まで失敗談をたくさん書いたが、決してこのようなことばかりでなく、
ミャンマー人の中にも真面目で本当に国のことを思い一生懸命の人もたくさんいる。
現に、私のマイクロ水力発電開発にかかわっている人たちは、開発の意義をよく理解してくれ
わずかな手当てで頑張ってくれている。
多くの国民は僧侶や僧院に寄付をするので、僧院は学校、孤児院、貧民の救済などの運営に積極的で
国民に信頼されている。
外国人がミャンマー支援を成功させる一番重要なのは現地のカウンターパートナー探しではないのだろうか。

10月
11

メールの受信

昨日からメールの受信が上手くできない。
今朝もまた同じ。
サーバーに電話してエラーNOを言うと、
それは受信ポートを止めているから、朝10時ごろになれば繋がるかもしれないので
そのころ試して下さいとのこと。
こんなこと、日本では考えられないのですが。

10月
11

日本からの支援はどうしてもハード面が多く継続性が無い支援が多い。
例えば、学校を作るために200万円寄付したなど、新聞でよく見ます。
しかし、いくら立派な学校を作っても、生徒が来なければ何もならない。
全ての子供が勉強できる環境つくりのほうが重要だと思うのですが・・・。
私なら、50万円で学校を作り残り150万円は奨学金の基金にする。
150万円銀行に預ければ年間18万円の利息が付く、
このお金で小学生なら100人近くが就学できる。
以前、里親制度の案内が来た。毎月5000円を出せば一人の子供の里親になれるとのこと。
しかし、里親になったからには子供が成人するまでは面倒を見なければならいのに、
途中でやめてしまう人が多い。
途中でやめる理由はそれぞれあると思いますが、途中で生活の糧を失った子供が一番かわいそうだ。
里親を失った子供はその里親を逆恨みすることさえある。
日本政府の人道援助も、ハード面が多く運営ノウハウが分からなかったり、
わずかな維持管理費が調達できずに高価な機械が使われずに放置されている例もある。
支援とは少ないお金でも継続することが重要で、支援した人々が自立できるような支援が
もっとも大切だと思います。
私が最も軽蔑する支援は、支援していると言うステータスがほしくて1度だけ大金を寄付して
政府高官などと写真を撮って喜んでいる輩。
本当の支援者は名前も顔も前に出さずに真に支援したいという気持ちを持った人たちだと思う。
このような支援は自分が名前を出したくないと思っても自然に名前は知れ渡りミャンマー人からも尊敬さ
れる。
今流行のNGO、NPOもそこに携わる人たちの経費が高く、本当に支援に使われる金額は少ない。
日本ミャンマー○○協会といった、NGOやNPOが数多くあるが、
その関係者が来緬する時は飛行機はビジネスクラス。宿泊は高級ホテル。
彼らは労働貴族ならずボランテア貴族のように私には見えるのだが。
余談になるが、昨年の台風で各国のボランテアが多数来緬して、
ヤンゴンの高級ホテルは20%も値上がりして価格は現在もそのままで、
旅行業者は困っている。
ミャンマーに支援するつもりが観光業の邪魔をしていることに彼らは気付いているのだろうか。
(1)~(3)まではミャンマー人の悪いところを書いたが、
私はボランテアと称する人種も根本的には支援金をピンはねするミャンマー人とさほど代わりが無いと思
うのだが・・・

10月
10

雨季明け


2日ほど前から日照時間も長くなり、雨も降らなくなった。
たぶん、雨季明けだろう。
これからのヤンゴンは大変過ごし易い季節になります。
ヤンゴンの平均気温も下がり、1月には最低気温の平均22℃、
最高気温の平均27℃となり、夜は毛布1枚は必要になる。
日中は日差しは強いが、日陰は爽やかに感じる。

10月
10

雇用促進が支援になると考え、自分でレストランを開業し14人を雇用した。
しかし、あえなく1年半で閉店。
日々現金を扱う商売の難しさを痛感。
従業員への接し方が全て性善説を基に考えたのが間違えの元だった。
給料は他店より50%多く出し待遇も良くしたが。
半年もたつと、売り上げは上がっても利益はどんどん下がっていく始末。
よく調べると仕入れで2割以上を上乗せしている。客用の材料を食べてしまう。
材料を持ち帰る等々が発覚。パートナーのミャンマー人は日銭が入るので遊びを覚え店はマネジャーに任
せっぱなし。
私が訪緬すると売り上げも利益も回復するが、帰国して1週間もすれば元の木阿弥。
店のスタッフには経営内容を全てオープンにして利益が一定水準になれば利益を還元すると言っていた
が、利益がその線に近づいた時から悪さが始まったようだ。
結局一時の金ほしさに仕事を失うことになる。
今、思えば当然なことですが、日本式の発想は通用しない事を痛感したしだいです。