10月
01

長井カメラマンがミャンマーで殺害されたのは非常に残念な事態と思う反面、彼自身に落ち度は無かったのか?
1、取材ビザを取得していないでデモを取材している。
2、自分の安全を確認しながら行動したのか
3、デモ隊と守備隊の騒乱の真っ只中で写真を撮る必要があるのか
4、相対的にミャンマーの政権をナメテ入国し取材した(仕事を)。
私は別にミャンマー政府を擁護するわけではないが、報道の為ならどんな事も許されると思い込んでいるジャーナリストに常に不信感をを抱いている。今回の事件も長井カメラマンに落ち度が無かったかを検証している報道機関は1つも無く、彼を英雄的に扱い報道関係者の鑑のような扱いをしているメデアもある。

9月
29

ヤンゴンの現地スタッフから11時にメールが入った。
新聞情報ではインタネット類は遮断されたと報道されていましたが、
ある方法だと、たまにつながる事があり、
今日は1度だけですが11時にヤンゴンからメールが入りました。
ほとんどのメールが検閲されてる様ですから、デモの様子などは
書かないようにしています。そちらの連絡方法はまた違う方法で連絡するように
指示してきましたが、こちらの方法は上手く行っていません。
いずれにしても連絡の取りにくいのは確かです。平時でもままならない
状態でしたから。

9月
28

昨日の夕方の便でヤンゴンを発ち、バンコク経由で今朝成田に着きました。私が飛行場に入る(16:30)までには日本人殺害のニュースは入っていなかったのでびっくりしました。
27日の様子を少し・・・
政府は戒厳令を出した後、街宣車で夜中1時、2時にもかまわず、市民を恫喝している。
僧侶のデモ隊のほとんどは偽僧侶だからだまされるな、托鉢やお布施をしたものは厳罰に処す等
また、夜10時以降は郊外の住宅地では警官が戸別訪問して住民の在宅を確認し不在者がいた場合は
かなり厳しく尋問されている。
私から見たら現実とはかなりかけ離れた狂言に近い感じだが、多くの市民はこの恫喝に震撼し、
息を殺して推移を見守っている。
襲われたデモ隊は、離散、集合繰り返しているうちに小規模になったところを狙われている。
ミャンマー人の友人の話では26日のシュエダゴンパゴダの前の暴行もデモ隊が集まり始めの少ない時点で暴行を受けているが、デモ隊の人数が多くなると警官の方がサッサと移動してしまう事が多いそうだ。
法律はどうであろうが武器を持たない僧侶や民衆に発砲や暴行は、この政権の凶暴独裁政治を垣間見る気がする。

9月
27

戒厳令が出されても市内は比較的平穏でいつもと変わらない雰囲気ではあるが、
ダウンタウンの商店は店を閉めている所が多い。ヤンゴン最大のボジョーマーケットは閉鎖しいてた。小生本日ヤンゴンを離れるのでみやげ物を少々と思っていましたが、買うことが出来ませんでした。政府は戒厳令の布告と郊外の住民にダウンタウンのほう行かない様に街宣したり、集会の禁止に違反したものは厳罰する等を訴えている。夜には戸別訪問で住民を確認する作業などもして、デモに参加させない工作をしている。88年の経験から一般市民は直接デモに参加しないでデモ隊を激励しているだけのように振舞っている。政府側の昨日のデモ隊への襲撃は人数の少ない所を攻撃目標にしていたこと、他のデモ隊に連続して襲撃しなったのは、昨日は政府側の決意を示しただけと受け取れる。今日もデモは続けられるだろうが、今日の政府の出方が注目される。多くの市民は現政権が代わって欲しいと思っているが、警察や軍の強権に恐れをなし行動できないでいる。事が平和裏に解決することを祈るのみです。

9月
27


写真下 デモ隊を迎えて激励する市民
26日14:30ヤンゴンのダウンタウンでデモ隊に遭遇した。僧侶は数百人だがその周囲を一般民衆がガードする形で整然と行進していく、それを迎える市民は写真の様に、この場所だけでも2~3万人は居た。デモ隊が近づくと市民は拍手で出迎え、冷静さの中にも大きな盛り上がりが感じられた。デモに参加している人、迎えて激励する人、見た感じではヤンゴンでもミドルクラスの人たちと思われる人が多く、同行のミャンマー人よれば弁護士グループなども参加しているとのこと。このような形のデモが市内数箇所で展開されている模様です。また本日13時頃には2箇所で発砲事件があり数人の僧侶が死亡又は怪我をした模様
また、数十人の僧侶が拘束された(この情報は未確認です)。自宅に帰る途中に僧院がありその僧院の僧侶も多数デモに参加している模様で多くの市民が参加する僧侶を激励していた。  僧院の横では市民が塀越しに差し入れをしていたので、小生も同行のミャンマー人の制止を振り切り持ち金全部を寄進してきた。(デモに参加している僧侶に差し入れや寄付をすることは禁じられている、現実に何人かは逮捕されている)僧侶を射殺しり、拘束したこの政権側の行動は、今後政権側がどんな手を打とうがデモは止まらないのではないかと思う。

7月
22

ミャンマー人が日本に出稼ぎに行ける事は金持ちになれるの同意語で、ミャンマーの若者は男女を問わずそのチャンスを狙っている。
日本で働く方法は大別して3つある。
1、技術者として日本の就労ビザを得て働く。
2、、観光ビザ、あるいは修学ビザ等で入国して、滞在許可が切れてもそのまま違法滞在して働く。
3、外国人研修制度を利用して働く
1、については現状ではビザを取る事自体かなり難しい。
現在日本にいるミャンマー人の80%は2のパターンで入国した人達、しかし最近は観光ビザで入国するにもかなり難しい条件がありそう簡単にビザが降りないし、修学ビザ(日本語学習)でも入学金、授業料、生活費を計算120万から150万円の金が必要になる。観光ビザは日本人の保証人が必要になり
この保証人を見つけるの100万程度の金を取られる。
外国人研修制度で入国する人も、本来1円の金も掛からないはずなのに100万前後の金を払わなければエントリー出来ない。
いずれにしても100万前後の金を工面して日本に着たからにはそう簡単には帰れない。
結局不法残留で5年10年滞在し母国に帰るのが一般的だ。
ミャンマー人の働き場所で1番多いのは飲食店で、2箇所掛け持ちで働く人も少なくない。
男女とも水商売では決して働かない。日本に来るミャンマー人の80%は大卒で医者や学校の先生
なんかもかなり多い、それなりのプライドを持ち一生懸命に働いている姿は健気なものだ。
いずれにしてもミャンマー人が日本で働く為には100万以上の金が必要とする事実がある。
在日ミャンマー人が傷害罪や詐欺、窃盗等で検挙されたとの話はあまり聞かない程、
彼らは警察や入国管理局におびえながらひっそりと暮らしている。

7月
20

ミャンマー人の勤労に対する意識は日本人とはかなりかけ離れていると思う。
ミャンマー人の意識の中には勤労とは尊く崇高なものではない。働くのは貧乏人とか、
地位の低い人のすることであり、金持ちとか社会的に地位の高い人は働かないし、
働く事自体が格好悪いことで、特に都会(ヤンゴン)にこの傾向は強く、仕事をしていると言ってもブローカー的なことばかりで、本当に額に汗して働く人は稀有であるが、
結局このような人達(中国系ミャンマー人が多い)が成功している。
家族、親戚で少しでもお金に余裕がある人が現れると、成功した人に金の無心に行く事が仕事になっている輩が多い事、金を貸すのを渋れば家族、親戚から罵詈雑言、嫌がらせが続く。
結局この状況に耐えかねて金は貸すが1銭も返らない。
金に少し余裕ができた人は、何もしないで毎日瞑想してゆったり、のんびり暮らす
(エイエイセイセイネチンディ)様になり、仕事には余り身を入れない。
勤労とは生る為の手段であり、生活できるのであれば働く必要は無く、信仰心を強くし来世はより良い人生が来る事に願いをこめる。
日本人の働き過ぎも良くないが(最近はそうでもないか?)、ミャンマー人の宗教に頼りすぎるのもどうかと思う。やはり中庸の精神が良いのかな

7月
18

ミャンマーでは、賄賂と公務員給料とインフレ、この3つは切っても切れない関係にある。
まず基礎データーから、ks(チャット)の公定レートは1US$が6ks、
実勢レートは1US$が1250ks程度、1円は10kS程度です
公務員の給与は40,000ks~100,000ks(ただしこの金額は昨年値上げした金額で以前はこの1/7程度だった)、最近の物価は米500ks/kg、小麦粉600 ks/kg、肉4000 ks/kg、
タマネギ550 ks/kg、食用油1600 ks/kg、卵100ks/個
上記の物価で40,000~100,000ksの給料では4人家族でまともな食事は取れないことになりますし、まして教育や娯楽等に回るお金などは無いのです。そこで考え出されたのがアンダーテーブル(オンザテーブルではないかと思うのですが)です。公務員は給料の足りない分は本来無料のはずの公共サービスにお金を取ったり、アンダーテーブルの見返りに取るべき税金を少なくしたり、公共財産を安く払い下げたりして、その金をグループでプールして給料の不足分(?)として皆で分けるそうです。中には上の人間が2~3人で分けてしまう事もあるそうです。
本来政府の収入になるべき税金等が公務員の闇給与に消えてしまい、政府は常に財政難あえいでいる=インフレを助長する。インフレ率が上がればアンダーテーブルも上がる。
アンダーテーブルが上れば税収はますます下がる。お分かりいただけたでしょうか。
現地人はアンダーテーブルでも交渉してガッチリ値切っている。日本では賄賂を値切る人はいるのだろうか?経験のある元高級官僚の方教えて!!

7月
17

日本語会話塾

ヤンゴンのレストランで1月から無料日本語会話塾をはじめました。
3週間前から生徒募集の張り紙を店の中や近所に数枚貼り生徒を待ったが、応募が少ないので日本語には興味がないかと思いつつ応募してきた生徒8名で開校することにする。
しかしいざ開校するとエントリーしていない子供が沢山来ました、まして年齢制限など無視して集まった子供は開校3回目の授業には6歳から17歳まで(募集要項は10歳から15歳まで15人)25名が受講、6歳の子供が2人いたが1人の子供などミャンマー語さえたいして書けない状態。
1回1時間半週二回の授業を約4ヶ月間合計45時間教え、第1期生は9名が卒業しました。6歳の子供も1人は卒業試験を5番の成績で卒業できました。
6月からは2期生の授業が始まり10人の生徒が熱心に日本語を勉強しています。
2期生は授業のスピードを上げ9時間の授業であいうえおと100までの数を完全に出来るようにした。
毎日2時間の勉強を要求したら10人が残りました。
これからが楽しみですが、テキストを作るのも結構大変な仕事です。