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Posts Tagged ‘政治’

1月
30

今日はミャンマーで新議会が招集される。

形式的でも民主化の第1歩がスタートする日だ。

選挙の方法が悪いとか色々批判はあるが、議会には20%の野党議員が居ることに価値があると思う。

隣の大国のように1党独裁で選挙もしていない国から比べれば余程ましではないか。

議会ができたからと言ってミャンマーが急に変わることはない。

今後選挙を2回3回とするうちに変わっていくのだろう。

早急に変化を求めればミャンマーは崩壊してしまい、イラクやアフガンのようになってしまう。

1月
22

ミャンマー人は他国の難民申請より認定率が高く認定率は30%。

しかし本当の難民かどうかを見分けるのはかなり難しいと思う。

観光ビザで入国してすぐに反政府運動に加わり難民に認定してもらう魂胆のミャンマー人も多い。

政治的思想はなく難民認定を得るため反政府組織に加入してデモなどに参加して活動家の実績を作っている。

本当に反政府活動をして現政府から追跡されているような人は正規に出国できない、

しかし日本で難民申請している人は殆ど正規に入国している。

就学ビザや、観光ビザで入国するには日本円で100万円以上の金がかかる。

この金を返済する為には日本で長期間働かなければならないので、とりあえず難民申請をして在特を得て、再申請などで3年ぐらいは在特で滞在できる。金がたまれば裁判をおこし上手くいけば難民認定が得られる。

現実の話として、ミャンマーでは何も政治活動をしていなかった人が、入国後すぐ政治活動をして難民申請をしている人物を小生は数名知っている。

反政府活動に参加すれば難民認定が取れると言って入会を勧めている、日本人が主宰する組織もあると聞く。

小生の判断では本当の政治難民は難民申請する人の数%だと思う。

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1月
11

ミャンマー軍は現在志願制で兵士を集めているが、

今後は徴兵制になり男女とも18歳から35歳の間に2年間の兵役義務を課せられる。

この情報の詳細は正確さを欠いているが、徴兵制度を導入するのは確かなようだ。

1月
06

今年のミャンマーを占う(1)

2011年のミャンマーはどうなっていくのだろう。

小生が勝手に推測してみる。

政治

政治日程は2月に国会が開催されて大統領も決まり、新政権が本格的に発足する。

しかし基本方針は今までと極端に変わることは無いと思う。

政治的には安定度を増すこととなるが、少数民族の武装勢力との衝突が増えるかもしれない。

中国、インド、ロシアとはバランスよく付き合い、日本、欧米とは距離を置いた外交となろう。一方アセアン諸国とは活発に外交を進めてアセアンの一員として活動をしていくだろう。

野党の指導者ス・チー女史は昨年の選挙方針の失敗によりチャンスを失った模

12月
04

岡田幹事長は式典で「私も10列ぐらい後ろにいたが、中井氏の声が響き渡ったとか、そういうことではない」と説明。中井氏の謝罪の必要性については「皇室がご関係になったような話を、軽々に取り上げるべきではない」と否定した。

皇室が関係しているから問題なのである。何を勘違いしているのか。寝ぼけたことを言うな。

民主党の幹部議員は中井氏は議員の資格が無いといっているが、その通りだと思う。

12月
02

ヤンゴン~昆明鉄道

中国は南部の雲南(うんなん)省昆明(こんめい)とミャンマーのヤンゴンを結ぶ全長1920キロの鉄道建設を年内にも始める。完成すれば中国が政治的影響力を強めているミャンマーを使って、インド洋まで大量輸送手段を陸路で得ることになる。

昆明とヤンゴン間の路線完成後は時速170~200キロの高速列車を走行させる計画だが、その布石ともなっているのが中国がミャンマーとの間で今年、着工した石油パイプラインの建設プロジェクト。2013年に完成す%E

11月
26

尖閣衝突事件、北朝鮮砲撃事件など国際的危機管理に、管内閣は適切かつ機敏に対応しているとはとても思えない。

北朝鮮砲撃事件では総理、防衛庁長官、国家公安委員長が機敏な対応をしたとはとても思えない。例えば自衛隊に即刻どんな支持を与えたのか、警察庁にどのような指示を与えたのか。ニュースでは何も聞いていないのだが・・・・

こんな状況では管内閣に国政を任せておけないと思うには私だけだろうか。

11月
16

公益法人の天下り役員が

無報酬のはずが、「石油開発情報センター」の会長は1320万円受け取っていた。

その他のも30人以上が200万以上を受け取っている。

公益法人の名を変えて官益法人にしたほうが国民に分かりやすい

11月
13


今日午後5時15分アウン・サン・スチィー女史は解放された。

5時半過ぎには警備の警官も撤退した。

女史の家の前には3000人ほどの群集がつめかけ女史の登場を待っていた。

5時40分ごろ女史が登場して大きな歓声が上がった。

近くの道路には沢山の人が集まっていたが女史の家の前には行かない人が多い。

政府は群集警備に200人ほどの警察官を待機させていた。