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Posts Tagged ‘社会’

10月
17

ミャンマー国内には沢山の戦没者墓地が有る。

 

日本人墓地は2~3か所を除き荒れているところが多いが、

 

イギリス人墓地は敷地も広くよく整備されている。

 

日本人墓地の多くは戦後、帰還兵や遺族会が中心になり建立した。

 

しかし、帰還兵も遺族も高齢になり訪緬する機会も少なくなり、現地の方に任せていた維持管理も疎かになり墓は荒れてゆく。

 

特に地方にある墓地は荒れ方が酷い。

 

これ等、地方の墓地はある程度まとめて国が管理する義務が有るのではなかろうか、

 

でなければ英霊が安心して眠ることは出来ないだろう。

 

一方イギリスの墓地はよく整備されている(整備されている所しか見ていないかも知れないが)

 

敷地が広いのは終戦後の植民地時代に作ったからではなかろうか。

 

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ヤンゴンの日本人墓地

 

ベイの日本人墓地

 

イギリスの墓地

10月
16

この言葉は子供の頃、土木請負業を営んでいた祖父からよく聞かされた。

 

三つ子の魂100までで、今でも1円でも大切にする小生です。

 

ミャンマーで20ks、50ksを大切にするとカシーネ(ケチ)と思われることもしばしば。

 

ミャンマーで見ていると貧しい人ほど、20ks、50ks、100ks札を粗雑にに扱う。

 

貨幣価値からすると20円、50円なのにと思う。

 

確かに20ks、50ksで買えるものは殆どないが、1000ksの物でも50ks足りなくては買えない。

 

『足りないと買えない』、この感覚・計算がミャンマー人には少ない気がしてならない。

 

7歳の百合ちゃんでも50ks札は何も買えないと言って受け取らない。

 

この習慣が良くないので、これを変えさせなければならないが、どの様に指導したらいいのか・・・

 

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10月
13

タクシーの値段交渉で通常5000ksなのに8000ksとか10000ksを提示するタクシーは瞬間交渉決裂。

 

運転手が何を言おうが受け付けない。

 

この様な事例は日常生活の中でも頻繁に起こる。

 

田舎で10㎡(3坪)の土地を借り簡単な監視小屋を作った。

 

小屋を作る前にいくら払えばよいか聞いたが、心づけで良いとの返事。

 

だが、小屋が出来た途端1月10万ksだと言い出す。

 

その日のうちに小屋を撤去した。

 

月1万ksなら支払いしたのに、欲張りしたのでゼロになってしまう。

 

外国人と見るとその様な態度に出るかと思いきやミャンマー人同士でも類似した話は多いようです。

 

『人間、真面目に正直にそして努力すれば誰でも報われる』

 

テインセィン前大統領がネピードのセーダントレーニングセンターで学生たちに言った言葉です。

 

テインセィン氏だから言える言葉ではなかろうか。

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テインセィン前大統領

 

 

10月
08

私は地方に出かけると必ず商店のおばさんから田圃で働いている家族などあらゆる人々とに会い色々聞く。

 

それもすべて突然で、突撃インタビューと言う事になる。

 

問題はどの様にして本音を聞き出すかだ。

 

ミャンマー人は利害関係が無ければ話し相手の気持ちを忖度して答えるので本音が聞き出しにくい。

 

見栄っ張りの強いミャンマー人は1日の売上いくらと聞けば、今まで一番売れた金額にプラスして答える。

 

農民にお米1エーカーどのくらい収穫できるかと聞けばこれも同じでかなり付加して答える。

 

私は売り上げや収穫量を聞き出す時は違う質問から聞き出す等工夫し、あらゆる質問も直接的には聞かない。

 

*その方法は企業秘密

 

 

評論家や学者、ライターがミャンマーの事を色々書いているが、

 

年数回来て1週間の滞在で果たしてミャンマー人の本音が聞き出せるのだろうか。

 

ライターが書いた記事など読んでいると、表面的には納得できても何となく違和感を感じるのはなぜだろうか。

 

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10月
06

連休中暇なので、ミャンマーの事を少しでも多く知ろうと、ネットでミャンマー関係の論文集を読んだ。

 

その中で小生、全く知らなかったのが日本占領時にエヤワディ管区で起きた『ミャウンミャ事件』。

 

19423月より6月半ばまでの間、すなわち日本軍とビルマ独立義勇軍(BIA)のビルマ進攻に伴い、

 

英国が植民地ビルマより撤退し日本軍がビルマ全土に軍政を発布するまでの権力の空白期間に、史上初めてカレンとビルマ人のあいだに大規模な民族衝突が起こった

 

カレン族と言っても当時はまとまっていたわけではなく、従来からの地縁血縁に加え、言語・文字・宗教の諸レベルのおのおの規模の小さい共同体であった。

 

事件の発端は、にわかづくりで激増したBIAビルマ独立義勇軍兵士のために武器が決定的に不足しており、

 

植民地軍ビルマ・ライフル大隊に所属していたカレン兵がデルタの村々に帰還し始めていたので、

 

彼等が武器を持ち帰り、その武器を保有していると見られカレンからの徴収過程において大規模な衝突に発展したとするのが通説である。

 

正確な資料が無いので定かではないが、この事件で双方合わせて数千人規模の犠牲者が出た模様だ。

 

どの民族紛争でも一言では語れない、宗教・宗派、言語、文字、習慣、地縁血縁等が複雑にかみ合い、そこに征服者がいれば一層複雑になる。

 

今起きているベンガル人問題とは異質な事件ですが、人と人との争いには変わりがないと思う。

 

「文献」日本占領期ビルマにおけるミャウンミャ事件とカレン

池田一人

 

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10月
05

今日5日はタディンジュ満月で祭日。

 

今年の3月、政府は突然祭日の日数の変更をした。

 

4月のミャンマー新年(水祭り)を10日間から5日間に短縮した。

 

この処置に国民は怒り、結局ウヤムヤで殆どの官庁や会社は10日間休んだ。

 

結局政府案は来年からだと理解していたらタディンジュ満月は4月の発表通り4日から~6日、

 

そして7日土曜日、8日日曜日の5連休となった。

 

6日に銀行に用事が有るお客さんが来緬すべく予定を立てたが、すべてキャンセル。

 

施策発表施行が拙速なのがミャンマー流。

 

この連休を利用して秘書と百合ちゃんはシャン州方面やバガン旅行に3日の夜から出かけて8日夜帰るそうだ。

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百合ちゃん初めてのタウンジー

10月
04

ミャンマーの土地は基本的には全て政府の所有物。

 

現在土地を使用している人は政府から借りていることになる。

 

住宅地の借用方法は大きく分け3つある。

 

ボーバーバイ:永久的に使用可能

 

ガヤン:30年、60年の期限付き

 

使用許可:期限付き

 

10年ほど前まではボーバーバイとガヤンでは隣にある土地でも使用権売買の値段は2倍の差が有った。

 

しかし、近年はほとんど変わりがない。

 

原因はガヤンの期限が来て更新しなければならないが、更新しない場合の罰則が無いので結局ボーバーバイと同様だと

 

の認識に変わってしまい、更新する人は微々たる数だそうだ。

 

政府の土地関係の役人の話を聞いていると、土地に関しての法律不備は沢山あるそうですが、

 

それにもまして国民が現在ある法律をほとんど守らないのが問題だそうだ。

 

例えば、家を建ててはいけない土地に1人だけ建てると没収されるが、何百、何千になると政府は後付けで認める。

 

『赤信号皆で渡れば怖くない」の状態が現状のミャンマー。

 

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宅地にするには農地転用許可が必要な田圃

10月
03

昨日預金を引き出しに行ったら、銀行は大混雑。

 

オンラインが止まっていて引き出しは出来ない、預け入れは出来るとの事。

 

こんなことは以前にもあった、

 

大金なので他行に振込をお願いして、待つこと1時間半。

 

呼ばれて完了したかと思いきや、オンラインが繋がらないのでキャッシュでと言われた。

 

そして待つこと1時間、他行に行っても殆ど1000ks札を4000万ks数えるのに30分。

 

結局4000万ksを他行に移動するだけで3時間要した。

 

1ヶ月前にはATMでカードが出てこなくなり、担当者を呼んで出してもらったのは良かったのだが、

 

カードを受け取るのに身分証明書がいるとの事で、その場で受け取れず、翌日パスポートを持って行きカードを受け取る。

 

これでは、便利なはずのATMで二重手間強いられる。

 

それ程銀行を使用していない小生でもこれだけのトラブル、常時使う人は大変だろうな。

 

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9月
29

2007年9月27日、日本の映像ジャーナリストの長井氏がデモ鎮圧部隊に銃撃されて死亡した日。

 

このデモはの発端はガソリンの値上げにより物価上昇で生活が苦しくなったとの事で僧侶たちが立ち上がった。

 

当時のガソリンは1ガロン180ksと水よりも安く殆どただ同然だったのを1ガロン1500ksに値上げした。(この価格はほぼ輸入原価)

 

値上げの発端はIMFがミャンマー政府に圧力をかけ燃料の補助金を止めさせたからだ。

 

当時途上国にIMFが介入すると必ず騒動が起こると言われていた。

 

デモに対しての軍事政権の対応は国民無視で私自身憤りを感じた。

 

26日デモの視察にも嫌がる現地人を連れ現場に足を運んだが、

 

市民の対応にも少しがっかりしたのを覚えている。

 

世界のメディアは10万に規模のデモとか言っていたが、私の見たデモ隊は5~6千人規模でその他の市民(3~4万人)はデモ隊を遠巻きに見ているだけの野次馬。

 

本当に改革したいのであれば命がけでデモに参加せよと現地の人たちに言ったことを思い出す。

 

 

私は永井氏の事件は自業自得だと思っている。

 

ジャーナリストの名を振りかざし自分何でもできるとの驕りが有った。

 

ミャンマーの軍事政権の非道を世界に伝え自分の名を上げたいとの思惑が死に結びついた。

 

本当に軍事政権の非道を伝えたいのであれば自分の命が有ってのことであろう。

 

夫婦喧嘩の写真を撮るのに二人の間に入り「ハイチーズ」と言えば、どちらかに叩かれるのは当たり前の話。

 

日本のメディアはデモの後、憲法改正が行われ11年に民政移管されたとの報道で、いかにも長井氏が民主化に一石を投じたかのような報道だが、

 

実際には2004年に軍事政権が決めた民主化ロードマップに沿って憲法改正、総選挙により民主化の第一歩が始まったことで、

 

長井氏の死亡とミャンマーの民主化は何ら関係ないと私は思っている。

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デモを見に集まった野次馬